美術

2017年4月29日 (土)

ミュシャの絵のジャケット

いま国立新美術館でミュシャ展が開催されているようだ。会期は六月五日までとなっているが、いろいろと用事があるので、行けそうにない。

ミュシャというと、彼の絵をジャケットに使ったレコードが手元にある。これは当時の東芝 EMI が「フランス音楽のエスプリ・シリーズ」と題して発売したもの。このシリーズが最近になって CD でも発売された。

http://wmg.jp/special/lesprit/

EMI はワーナー・ミュージックに売却されたので、レーベルもロゴも変更されている。

この新シリーズにはパレナン四重奏団の「ドビュッシー、ラヴェル:弦楽四重奏曲」や「ショーソン:ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール他」も入っていて、僕にもそのレコードがあるのだが、ジャケットは別のものになっている。

つまり、このシリーズは、当時既発売のフランス音楽の音源にミュシャの絵をあしらい、意匠を新たに再発売したものということらしい。

ジャケットの大きな LP でもう何枚か欲しくなった。

Dscn0922
Maurice Ravel : Sonate pour Violon et Piano, Sonate pour Violon et Violoncelle, Trio en la mineur pour Piano, Violon et Violoncelle

Gerard Jarry, violon
Georges Pludermacher, piano
Michel Tournus, violoncelle
1970-73

Dscn0921
Cesar Franck : Quatuor a Cordes

Quatuor Parrenin
1972

2014年11月21日 (金)

セガンティーニの絵

Photo

国立新美術館で開催されているチューリヒ美術館展に行ってきました。新聞などで盛んに取りあげられていたモネの巨大な睡蓮のほかにも、ゴッホ、セザンヌ、ブラック、ピカソ、クレー、シャガール、ミロ、モンドリアン、ジャコメッティ等々の傑作が目白押しで、圧倒されました。

順路の最初にジョヴァンニ・セガンティーニの絵が二枚ありました。セガンティーニは初めて接する画家でしたが、彼の絵を観てすぐに『フォーレ室内楽曲全集』(東芝 EMI)を思いだしました。

このレコードは 1970 年代中後期に、ピアニストのジャン=フィリップ・コラールを中心とする演奏家たちが録音したもので、このジャケットに、一本の木に絡め取られた裸の女性を描いた絵が使われているのです。解説書にはこの絵に関する説明が一切なく、レコードを聴くたびにジャケットを眺め、不思議な気持ちになっていたのでした。

ジャケットの絵は美術展で展示されていたものとは異なりますが、暗い青を基調にしたところ、山肌や樹皮などに見られる細かな筆致、何よりも絵全体を覆う退廃的な気分がセガンティーニに違いないと思わせたのです。

フォーレは 19 世紀末から 20 世紀初めの作曲家ですが、僕自身は、同時代の人たちほどには世紀末的な退廃はあまり感じないのです・・・。

2012年1月28日 (土)

北井一夫『三里塚』

Photo

図書館に北井一夫の写真集『三里塚』があったので借りてきました。2000 年にワイズ出版写真叢書の一冊として刊行されたとのこと。彼の初期の写真集を初めて手にすることができました。

北井さんの写真集で僕が持っているのは『アサヒカメラ』の増刊『北井一夫「村へ」』(1976)と『自然流「日本酒」読本』(1992)の二冊で、ほかには『渡し舟』(1976)や『1970 年代 NIPPON』(2001)などを借りて読んだだけです。

彼の写真はいいですね。でも、その良さを言葉にすることはなかなかできない。カルティエ=ブレッソンともドアノーとも、また木村伊兵衛とも違う。

『三里塚』の巻末に、写真家の金村修氏が「北井一夫によせて」という文を寄せていて、ここに北井さんの言葉を引用しています。

とにかく社会主義リアリズムみたいなもので、いやだなあと思ったものっていうのは、自分でひとつの図式みたいなものがあって、権力者みたいなのがいて、そういうのを図式通りに撮っているだけであって、行かずしてできてしまうという感じですね。だから行った場所での出会いみたいなものがない感じがしますね。

また、この写真集を観て気づいたのは、ネガ・フィルムの枠までプリントされていること、つまり、写真の一枚一枚が全くトリミングなしで作られています。暗室作業のことはわからないけれど、フレームに関しては撮影されたそのままを採用しているようです。

北井一夫『三里塚』(ワイズ出版、2000)

2011年5月11日 (水)

レンブラント展とジャズのレーベル

Rembrandt

今、国立西洋美術館でレンブラント展が開かれています。小冊子には「光と、闇と、レンブラント。」「光の探求 闇の誘惑」「版画と絵画 天才が極めた明暗表現」などと記され、彼の明暗表現を探るのがこの美術展の主題となっています。

展示された作品の中でなんといっても素晴らしいのが数多い銅版画で、大胆かつ精緻に表現された光と闇に思わず目を凝らしてしまいます。

ところで、小冊子には「The Quest for Chiaroscuro」とも記されています。このキアロスクーロ(発音は key + arrow + skew + row とのこと)とは、辞書を引くと「(絵画の)明暗の配合」「明暗配合の画」[イタリア語から(chiaro 'clear' + oscuro 'obscure')]となっています。

ここでいきなり話が変わるのですが、ジャズのレーベルにキアロスクーロというのがあって、僕も何枚か持っているのですが、このレコードがまたいいんですよね。

ずいぶん変わった名前のレーベルだなあと思っていたところ、インターネット上に、創立者でレコード制作者のハンク・オニールが、キアロスクーロという言葉の持つ印象がジャズにふさわしいのでこれをレーベル名にしたとありました。

キアロスクーロ・レーベルの音楽家は老練の人たちが多く、その演奏もまた伝統的なものです。メリハリのはっきりした音楽はなるほど明暗の対比という言葉を思い起こさせるものです。
Chiaroscuro

2010年11月14日 (日)

『語りかける風景』展

Photo

街の美術館で『語りかける風景』と題する企画展が開かれていたので出かけた。

フランスのアルザス地方、ストラスブール美術館の所蔵展で、「窓のある風景」「人物のいる風景」「都市の風景」「水辺の風景」「田園の風景」「木のある風景」の六つで構成されている。コロー、モネ、シスレー、ピカソなど 81 点。

パンフレットの絵は「人物のいる風景」の中のギュスターヴ・ブリオン『女性とバラの木』(1875)。陽を受けた女性の服装が美しい。

「水辺の風景」の中にコロー『ヴィル=ダヴレーの池』(1860-63)があった。これはアマデウス弦楽四重奏団らの『ブラームス:弦楽六重奏曲第一番』(ドイツ・グラモフォン)の LP ジャケットを飾っていたもの。実際の絵は印刷とは随分と違った印象だった。

僕が出かけたのはこの季節にしては穏やかで暖かい日だった。美術館にも多くの人が入っていた。賑わいのある街はやはり晴れやかな気持ちになる。カフェでひと休みして帰った。

Photo_2

2010年9月26日 (日)

地元美術館の企画展

Photo

23 日の休日、あいにくの雨だったけれど、ドライヴがてら岩城の美術館に出かけることにした。今年の夏はとにかく暑く、休みの日でもどこかに出かけようという気持ちにはならなかったけれど、ようやく涼しくなった今は、これまでの反動なのかあちこち出かけてみたくなったのだ。

現在は統合されて由利本荘市となった旧岩城町は、亀田藩主のお城があった町。ここの亀田城佐藤八十八美術館で『ピカソ・マティス・ミロ・ルオー四大巨匠版画展』という企画展が開かれていることを、地元の新聞で知ったのだった。

ドライヴ中にひと休みできるように、ポットに珈琲を作って出かけた。

由利本荘市と福島県のいわき市は互いに交流がある親子都市で、それで、いわき市立美術館が所蔵する版画を借り受け、今回の企画展になったのだそうだ。

この親子都市という呼び名も珍しいけれど、旧岩城町といわき市は同じ名前の市と町なので、姉妹都市ではなく、親子都市と呼んでいるのかも知れない。

さて、この企画展ではピカソが 10 点、マティスが 9 点、ミロが 3 点、ルオーが 8 点展示されていた。

ピカソはまずその色が良い。深くて静かだけれど、生命力を感じるのはやはりラテンのものだなあ。

ルオーは版画集『流れる星のサーカス』から。あの黒く太い縁取りの人物。小ぶりな版画。

マティスは版画集『ジャズ』から。貼り絵風な感じが面白い。『イカロス』は僕も知っていた。

次の日、仕事帰りに書店に寄ったらマティスの画集『ジャズ』(岩波アート・ライブラリー、2009)があったので、思わず買ってしまった。

エクベルト・バケの序に、戦後、多くのジャズ音楽家がパリに渡ったことが記されている。そして、『ジャズ』が刊行されたとき 77 歳になっていたマティスの衰えることのない革新的な力が、キース・ジャレットが語ったジャズの定義と一致する、と述べている。

元来、ジャズというものがあるのではなく、パッケージされた製品を見せるものでもない。ジャズはとどまることのない発見として示される内面的なプロセスなのだ。

Matissejazz

2010年7月 4日 (日)

岩手県立美術館のポップ・アート展

Popart

岩手県立美術館で開催されていたポップ・アート展 Pop Art 1960's -> 2000's from Misumi Collection を観てきました。

美術館に行くのは久しぶり。ここのところ、こちらでは魅力ある企画展がほとんど開かれていないのです。それで、お隣りの岩手県で開かれていた美術展に行ってきたのでした。ポップ・アート展というのにも興味があったのです。

とはいえ、ポップ・アートで僕が知っているのは、上の新聞記事でも取り上げられているアンディ・ウォーホルとかロイ・リキテンシュタインのみ。でも、ほかの作家のも含めて 100 点ほどの企画展はやはり楽しかった。いいですね、美術展は。

ただ、やはりというか、これはもう出かける前から感じていたことなのだけれど、どうしても気になるところがあったのもまた事実。

ウォーホルの、スープ缶をそのまま描写した『キャンベル・スープ II』、ジャクリーヌ・ケネディやマリリン・モンローの写真を元に描かれた『ジャッキー III』、『マリリン・モンロー』、それに、漫画のひとコマをそのまま描いたリキテンスタインの一連の作品、ほかにもいくつか展示されていたけれど、このような作品は、初めに商品のパッケージ、ないしはすでに出版されたものをもういちど絵として表現しているわけで、こうした意図をまず理解しないと先に進めないことになる。

つまり、コラージュや、元ネタをわかって初めてその意味がわかるパロディにとても近い。音楽でいえば、すでにある音源を元に、テープ操作して新たに創り出されたコンクレート・ミュージックに近いのかもしれない。ここが、絵を観ていて落ち着かないところだった。

岩手県立美術館はとても広く静かなところにあって、付近を散策するのも楽しいのですが、僕が行ったときは絶え間ない雨の日で、散歩ができなかったのが残念でした。

2009年4月 5日 (日)

ベルナール・ビュフェ『戦争のあと』

Buffet ベルナール・ビュフェという画家を初めて知ったのはインターネットの情報がきっかけでした。彼が描いた、黒く縁取りされたやせ細った人物画はいちど観たらもう忘れないほどの強い印象を与えます。

僕は四年前にいちど、静岡県駿東郡長泉町クレマチスの丘のビュフェ美術館を訪れました。このときに買い求めた小さな画集がこの『戦争のあと ベルナール・ビュフェの絵画 1945-1959』です。画集の初めのページにはジェームズ・ディーンのような彼の若いころの写真が載っています。写真と見開きになったページに記された彼の言葉もまた印象的です。

絵画は、それについて話すものではなく
また、いろいろ分析するものでもなく
ただ感じ取るものである。

ビュフェ美術館では版画を多く鑑賞し、その後、地元の美術館では油彩も何点か観ることができましたが、もっと会える機会が欲しいですね。それに、彼の絵は大きなものが多いので、大判の画集が出版されることを期待しています。


戦争のあと ベルナール・ビュフェの絵画 1945-1959

発行 : ビュフェ美術館
© 2005

2008年11月29日 (土)

ヴィルヘルム・ハンマースホイ展

Vilhelmhammershoi Portraitofayoungwoman

京都で用事を済ませてからは、途中東京で時間をとって、美術館にいこうと思っていました。いま東京では、ピカソ展、フェルメール展、レオナール・フジタ展、ヴィルヘルム・ハンマースホイ展と、美術展が目白押しなのです。

そこで、いつも暖かいコメントを寄せていただいている美術好きの ANNA さんをお誘いして、また、僕のわがままも聴いていただいて、国立西洋美術館で開催されているハンマースホイ展に出かけました。

北欧デンマークの画家ヴィルヘルム・ハンマースホイの名前を聞くのは初めてのことです。そして、日本で彼の美術展が企画されるのも今回が初めてなのです。でも、ちょうど二週間前に NHK 教育の『新日曜美術館』でこの美術展が取り上げられて予習ができていたので、怖いものなし(?)の状態で臨んだのでした。

美術展は、人物画、風景画、それに建物や室内を描いた絵画で構成されていました。

建物や風景を描いた絵のほとんどは、曇り空を背景に陽の当たらない建物や草木がその色を失い、モノトーンで表現されています。そして、対象の輪郭がぼかされて、一様に静かな雰囲気を漂わせているのです。これはいかにも北欧の風景だなあと、北国に住んでいる僕は思うのでした。

室内を描いた作品のうちでは誰もいない広い部屋を描いたものがあって、そのうちの一点は、絵の解説でも述べられていたように、写真からの影響がじかに感じられるものでした。

部屋の中の壁、床、天井が広く描かれた絵の画角はたしかに人間の眼のものではありません。焦点距離が 24 mm 程度の広角レンズで撮影された写真と同様のものです。このためか、ともすれば人工的で窮屈な感じを与えるこの絵を、向こう側の開け放たれたドアが救っています。

人物画では『新日曜美術館』でも紹介されていた『若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ』が僕にはとても好ましく思えました。

それから、美術展のパンフレットにも使われていた絵のように、人物の後姿を描いたものが数点ありました。

後姿の人物というと、僕はまっ先にルネ・マグリットの絵を思い出すのですが、ハンマースホイの絵にはマグリットのようなシニカルなものはみじんも感じられません。ただ、静かで謎めいているだけなのです。

ここまでハンマースホイの絵画を鑑賞したら、帰りの時刻までもうすぐに迫っていました。このほかに、同時代のデンマークの画家たちの絵も展示されていたのですが、これらを観ることはあきらめて、『若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ』の絵葉書を買い求め、ANNA さんとおしゃべりしながら上野駅まで歩き、カフェで一休み。ここでしばらくお話しして、帰りの新幹線に乗ったのでした。

ANNA さんにはわがままな僕に快くお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。

2008年10月18日 (土)

『フランス近代絵画のながれ』展

Photo

市立美術館で『フランス近代絵画のながれ』展が開かれていて、来週には終わりになるので、きょう行ってきました。行けるときに行っておかないと、あとあと後悔することが多いから。

19 世紀から 20 世紀にかけてのフランス近代絵画の歴史をたどった企画展で、作品は約 100 点。バルビゾン派、印象派、後期印象派、新印象主義、フォーヴォイスム、エコール・ド・パリ、といっても僕にはよくわからないけれど、コロー、ミレー、ルノワール、モネ、ゴッホ、ローランサン、ユトリロなどの絵を観てきました。

僕には、一点だけ展示されたドラクロワ『ベランジェの肖像』が、絵に吸い込まれそうな佇まいとその存在感がよかった。それから、これも一点だけのクールベ『波』。これは、中学生のころに美術の教科書で観て以来。

北海道立帯広美術館所蔵のエッチングが多く展示されていて、ジャック、アピアン、ドービニーなど知らない作家のものだったけれど、こちらも細密で、陰影に富んでいて目が離せなかった。

コローも同じエッチングで、七月に国立西洋美術館で観たときのことを思い出しました。いいですね、コローの風景画は。

喫茶店に寄って、コーヒーを飲んで休んでから帰りました。

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31