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2017年5月 6日 (土)

堀江敏幸『音の糸』

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著者初の音楽エッセイとのこと。演奏会よりもレコード音楽に関するエッセイが多く、普段もっぱら LP や CD ばかり聴いている自分にはとても身近に感じられる。

ある日、電車に乗ったら、入口近くにヘッドフォンをした若者が立った。彼が鞄から CD ケースを取り出した。これを左手に持ち、右手を鞄に入れてポータブル CD プレーヤーを操作し、それまでの CD を取り出し、左手のものと入れ替えた。この一連の動作を、手元に目をやらず、ずっと外の景色を眺めながら行う。データ用 CD に手書きされた曲名が《月に憑かれたピエロ》。いまどきポータブル CD プレーヤー、そしてこの曲名に感銘を受ける。(「昼の月」)

フリードリヒ・グルダが、書き溜めてきたノートを一冊の本『音楽への言葉』にまとめた。この中の《get that edge off!(その角をとれ!)》から。私は《ハーフノート》でアート・ファーマーと共演した。そのあとで彼は、ジャズのサークルでも普通にやるような「おい、すごいぞ君は」というような儀礼的な嘘はつかなかったのだ。その代り、もっと「角を研ぐようにしなよ!」といったのだ。この善意ある建設的な批評に感謝しつつ、僕は自分の中に入っていった。(「その角をとれ」)

リヒテルはその著書の中で、バッハの《平均律クラヴィーア曲集第二巻》から連想される風景を順々に語りながら、《第四番嬰ハ短調》の前奏曲に到って、突然、白いさんざしにまつわる父母の思い出に触れ、プルーストの一節を引いてこう述べている。「さんざしは、恵み豊かだ。しかし、その内面に入り込むことを許しはしない。何度演奏しても謎を解き明かすことのできない音楽に似ている。果たして私はこの前奏曲の謎を解き明かせるのだろうか」(「リヒテルとさんざし」)

音楽好きには格別のエッセイ集。

ネウマ譜の一部をあしらったカバーが美しい。

堀江敏幸『音の糸』(小学館、2017)

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随筆・評論」カテゴリの記事

コメント

ひらさん、こんばんは。

堀江さんの音楽エッセイ集が出たんですか!
表紙も素敵ですね。
私が好きなリヒテルも登場するのかぁ。
ぜひ読んでみたいです。
ご紹介ありがとうございます。

◇ ANNA さん、こんにちは。

音楽に関する散文は他のものと合わせてこれまでのエッセイ集に出ていますが、音楽だけで一冊というのは初めてらしいです。

小学館から出ている CD マガジン『クラシック・プレミアム』に連載された記事をまとめたものとのこと。

懐かしい再生装置のことを書いたものを読むと、『雪沼とその周辺』のなかの『レンガを積む』を思い出します。

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