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2016年4月17日 (日)

グールドのシェーンベルク:ピアノ曲集

Schoenberg

シェーンベルクの曲のディスクは管弦楽、室内楽などを所有しているのだが、弦楽六重奏曲の『淨夜』を除けば、他の作曲家の曲のように楽しめているわけではもちろんない。なんといっても難解だし、特に十二音技法で書かれた後年のものなどは、ふだん耳にする曲と同列に並べて聴くことなどできそうにない。精妙精巧に構築され、ただならぬ緊張をもって演奏された音符と休符からなる織物がそこに存在するの認めるだけだ。

ピアノ曲についても同様。この曲集については 1974 年のマウリツィオ・ポリーニによる録音が絶対的な評価と支持を得ているようだ。しかし、これだって僕には、あらゆる角度から検討吟味された複雑巧緻なシステムを思い浮かべるしかないのだった。

『淨夜』のように聴ける演奏はないものかと考えていたら、グレン・グールドがポリーニに先立って録音していたのを思い出し、さっそくこのレコードを買い求めた。

早々に聴いてみたグールドのシェーンベルクはいっぺんに身近に感じられた。これまで聴いていたポリーニとの違いは僕にはよくわからない。ただ、石田一志氏のレコード解説がそのヒントを与えてくれそうな気がする。氏はこう述べている。

ポリーニ以降の演奏志向は何になったのだろうか。結局は、このグールドのように分析を前提にそれを超えることになったのではあるまいか。分析を超え、シェーンベルクの作曲を促した、内的衝動というべき表現意欲を解釈表現することになったのではあるまいか。グールドの演奏の新鮮さ、すばらしさは、正にこのシェーンベルクの内的衝動への感情移入にある。(中略)シェーンベルクの初期から晩年の楽譜にまで一貫して顕著な変化に富んだ、フレージング、ディナーミクの表記、詳細な感情表記はなによりもグールドが示しているような豊かな感情移入を要求している証明なのである。

そんなとき、図書館に、内田光子が新ウィーン楽派のピアノ曲を入れた CD があったので、これも聴いている。シェーンベルクのピアノ曲は、作品 11 と 19 が収録されている。

Arnold Schoenberg : The Complete Music for Solo Piano (CBS)

Drei Klavierstucke, Op.11
Funf Klavierstucke, Op.23
Seches Kleine Klavierstucke, Op.19
Suite fur Klavier, Op.25
Klavierstuck, Op.33a
Klavierstuck, Op.33b

Glenn Gould, Piano
1958, 1964, 1965, NYC

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コメント

ひらさん、こんにちは。

グールドのベルク「ピアノ・ソナタ」も私は素敵と思いました。ご紹介のシェーンベルクのピアノ曲集は聴いたことがありませんが、このあたりの時代の音楽と相性がいいのかもしれませんね。

ANNA さん、こんにちは。

ベルクのピアノ・ソナタは、内田光子のディスクで初めて聴きました。グールドの演奏も聴いてみたいですね。

新ウィーン楽派の音楽は一体に難解ですが、聴きやすく美しいと感じられるものもいくつかありますね。

僕はずっと前、東京クァルテットの演奏会で、ウェーベルンの『弦楽四重奏のための緩徐楽章』がアンコールで演奏されたのを聴き、二十世紀の音楽もアンコール・ピースとして扱われるようになったのかと驚きました。

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