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2015年11月29日 (日)

『音楽史を変えた五つの発明』

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ハワード・グッドールの『音楽史を変えた五つの発明』を読んだ。グッドールは英国生まれの作曲家で、八歳で聖歌隊員、その後音楽を学び、合唱曲やミュージカル、テレビ番組の音楽を担当しているという。本書は放送番組をもとに執筆されたもの。

で、本書で取り上げた五つの発明とは、楽譜、オペラ、平均律、ピアノ、蓄音機。西洋音楽の歴史を考えたとき、その画期的な出来事としてだれでもが思い浮かべるのは楽譜と平均律で、さらにもう一つ付け加えるとすれば、それまでのルネサンス期の音楽では語れなかったドラマを生み出すことのできたオペラなのかもしれない。これにピアノと蓄音機が加えられているのが興味深いところで、作曲家としての著者の個性が表れているようだ。

これら五つの発明が順に解説されているのだが、かなり大胆に語られているのは放送原稿をもとにしているからかもしれない。また、現代のピリオド楽器による演奏に相当に懐疑的な様子もうかがわれる。これは筆者が音楽史を専門とする学者ではなく、放送現場で活躍する作曲家であるという事情があるのだろう。

たとえば、蓄音機の項にはこのような鋭い皮肉を含んだ記述が見られる。

モレスキは当時(1902 年)存命だった最後のカストラートである。(中略)当時六十代になっていたモレスキによる録音は、人類が耳にすることのできる音声の記録のなかでも、最も忘れることのできない、そして正直に言えば、最も背筋の寒くなる録音だ。(中略)当時は息を飲むような美しさだと称賛され、繊細で上品だと見なされた歌声が、現代人の耳には発情期の猫の鳴き声のようなぞっとする音に聞こえることもある。このような経験は、「原典に忠実(オーセンティック)な」演奏の再創造を掲げ、その研究に余念のない昨今の音楽家にとって、痛烈な警鐘となるだろう。


「古楽」あるいは「ピリオド」楽器の演奏家による録音の場合、録音を途中で何百回でも止められるということは大きな恩恵をもたらした。というのも、彼らが使う古いタイプの楽器は現代の楽器と違って不安定で、頻繁に調律をしないとすぐに音程が狂ってしまうからだ。「ピリオド」楽器と、「オーセンティック」な楽譜を使って、「古楽」を聴くことができるのは、最新のコンピュータ技術のおかげなのだ。

音楽史の研究者であればおそらくこんな言い方はしないだろう。それにしても、カストラートを引き合いに冷水を浴びせかけられたりするのは、古楽演奏家にも想像できなかったにちがいない。

ハワード・グッドール 松村哲哉訳『音楽史を変えた五つの発明』(白水社、2011)

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