J・G・バラードの言う内宇宙とは
今年四月に亡くなった J・G・バラード。彼の名前と対になって記憶されているのが「内宇宙」inner space という言葉。この言葉は当然のごとく「外宇宙」outer space と対比されるものなのだが、外宇宙が大気圏外空間だとすると、内宇宙とはいったいどこを指すのだろうか。バラードが言う「SF が描くべきは内宇宙への旅なのだ」とは何なのか。
『SF マガジン』11 月号の J・G・バラード追悼特集の記事、牧眞司『やさしいバラード』はこの疑問に対する鮮やかな答えを提示している。
バラードはジュディス・メリルに宛てた手紙の中で「内宇宙」を「現実の外世界と精神の内世界が出会い、融けあう領域」と定義している。
というわけで、「内宇宙」とは単なる精神世界ではなく、人間の内側にあるものでもない。
また、バラードは次のようにも言っている。
真の SF 小説の第一号は ---- 誰も書かなければ私が書こうと思うのだが ---- 記憶を失った男が浜辺に横たわり、錆びた自転車の車輪を見つめ、その車輪と自分との関係のなかにある絶対的本質をつかもうとする、そんな物語になるはずだ。
牧眞司は、これが先に引用した「内宇宙」の定義ときれいに重なる、と述べている。
自転車の車輪 = 外世界
浜辺に横たわる男 = 内世界
車輪と自分との関係 = 融けあう領域
絶対的本質 = 内宇宙
というわけだが、ここで重要なのが「記憶を失った」という前提であると言う。
「記憶を失う」とは、予断を持たないということだ。自分がだれか、ここがどこか、車輪とはどういうものか、そうした知識(先入観)を振りすて、虚心に眺めて考える。新しい波(ニュー・ウェイヴ)運動のとき、合い言葉のごとく唱えられた「スペキュレイション(思弁)」も、けっきょくそれを目ざしていたのだ。
バラードの「内宇宙」をこれほど明確に述べたものは僕には初めてだった。
それでも、浜辺に横たわって車輪を見つめ、その中にある本質などという物語がはたして SF なのかという意見もあるかもしれない。しかし、バラードはそれが真の SF だと言っているのだ。彼の作品を読むためには、まず何よりも虚心にということなのだろう。
それはちょうど、ポール・ブレイやジョン・チカイらのニュー・ジャズ、アントン・ヴェーベルンらの新ヴィーン楽派、さらにはキング・クリムゾンらのプログレッシヴ・ロックもそうかもしれないが、これらの音楽に接するとき、自分の中にある枠組みをいったん解き放たなければ何も聴こえてこない、というのとたぶん同じなのだろう。
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堀江俊幸の『子午線を求めて』を読んでみました。『子午線を求めて』は 2000 年に思潮社より刊行され、2008 年になって講談社文庫として再出版されました。
早川書房の『SF マガジン』11月号は、この 4 月に亡くなった J・G・バラードの追悼特集になっている。内容は、未発表一篇を含む中短篇四篇、追悼エッセイ、著作リストなど。
串田孫一はいろいろな仕事をした人だったけれど、やはり一番知られているのは随筆家としての姿だった。僕は今でも時々彼の随想集を取り出して読むことが多い。
僕はバラードの初期の作品群が大好きなのだけど、1970 年代以降のものにはついていけなかった。でも、今年の四月に彼が亡くなって、もうあのような小説を読むことができないのかと思うと、最近の作品も読んでみようかなという気になった。
急に中島敦の『山月記』を読んでみたいと思った。
先日、ジャズ喫茶に入り、置いてあった雑誌『ジャズ批評 150 号』を手に取ってみたら、これが創刊 40 年の特集号になっていた。これには、油井正一、植草甚一、清水俊彦ら各氏による過去の記事が再録されていた。
列車で移動中のときには文庫本の短編集を読むことが多いです。それも、なるべく薄いものを。小川洋子さんの『海』も、巻末のインタヴューと解説を併せて 184 ページでした。
堀江敏幸さんのデビュー作『郊外へ』は 1995 年に白水社から出版され、その後、2000 年に同社の新書、白水 u ブックスの一冊として刊行されました。著者自身のあとがきによると、「発売当時、本書はいわゆる留学体験をつづったエッセイ、もしくは紀行文として読まれ、書評などでもそのように扱われることが多かった」が、「一連の物語に登場する「私」とその周辺の出来事は、完全な虚構である」とされています。
引き続き、堀江さんの随筆集『アイロンと朝の詩人 回送電車 III』を読んでいます。第三集は 2004 年から 2006 までの間に発表されたものを中心にまとめられています。この中に日常的な生活を綴った文章があって、興味深いです。
ANNA さんと、堀江敏幸さんの小説『いつか王子駅で』の題名がディズニー映画の中の『いつか王子様が』に似ているねとお話ししていたら、みやさんが、エッセイ集『一階でも二階でもない夜 回送電車 II』の中の『始末書の書き方』にこの題名の由来が載っていますよと教えてくださいました。それで、さっそく図書館から借りて読んでみたら、なるほど、小説の題名がビル・エヴァンスの演奏する『いつか王子様が』の語呂合わせだったことを知ったのでした。
先日、新聞を読んでいたら、地方版に『心安らぐ古楽の香り』と題する記事が載っていて、こちらの地元、秋田県大館市内の喫茶店が紹介されていました。
菊地成孔、大谷能生の両氏ともその活動内容はおろか名前も知らなかった。彼らは 2004 年 4 月から翌年 1 月まで東京大学教養学部でジャズの講義を行ったが、聴講生の半数以上が学外からのいわゆるモグリで、その講義は異様な熱気を帯びたものになったということです。
4 月 24 日付けの朝日新聞に、第 35 回川端康成文学賞が青山七恵さんの『かけら』に決まったという記事が載っていました。
ベルナール・ビュフェという画家を初めて知ったのはインターネットの情報がきっかけでした。彼が描いた、黒く縁取りされたやせ細った人物画はいちど観たらもう忘れないほどの強い印象を与えます。
G・K・チェスタトン Gilbert Keith Chesterton の『木曜日だった男』が光文社古典新訳文庫から出たので読んでみました。訳は南條竹則氏。
堀江敏幸の『未見坂』を読んでいて、巻末の出版案内で知ったのがこの『記憶に残っていること』。これは、1998 年に創刊された新潮クレスト・ブックスの 10 周年を記念して、これまで出版された短篇から堀江敏幸が編んだ 10 篇からなるアンソロジーです。




















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