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2009年5月の9件の記事

ブラームス : 弦楽六重奏曲第一番

Streichsextettnr1 弦楽六重奏曲第一番を作曲していたころ、ブラームスはアガーテ・フォン・シーボルトという女性と恋愛中であったのですが、これはのちに破談となります。門馬直美さんはこのレコード解説の中で「恋愛の甘さと精神的な痛手とが交錯してあらわれてもいるようである。とくに、第二楽章では、そうした気分が濃くでている」と述べています。

ルイ・マルは映画『恋人たち』にこの第二楽章を使っていますが、もしかしたらこのような曲調を求めてのことだったのかもしれません。ただ、映画そのものは僕にはいまだによくわからないままで、彼が監督した作品では、どちらかといえば『死刑台のエレベーター』や『鬼火』のほうが好きなのです。

僕は、この甘美でしかも情熱的な第二楽章を過度に感情移入することなく演奏したものが好きです。アマデウス弦楽四重奏団とアロノヴィッツやプリースとの共演盤は知と情の均衡がとれ、見通しも利いた演奏になっていると思います。

Johannes Brahms : Streichsextett Nr.1 B-Dur Op.18

Amadeus-Quartett
 Norbert Brainin, 1. Violine
 Siegmund Nissel, 2. Violine
 Peter Schidlof, 1. Viola
 Martin Lovett, 1. Violoncello
Cecil Aronowitz, 2. Violla
William Pleeth, 2. Violoncello
Dec. 1966, Berlin, Ufa-Studio

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堀江敏幸『一階でも二階でもない夜 回送電車 II』

Ii ANNA さんと、堀江敏幸さんの小説『いつか王子駅で』の題名がディズニー映画の中の『いつか王子様が』に似ているねとお話ししていたら、みやさんが、エッセイ集『一階でも二階でもない夜 回送電車 II』の中の『始末書の書き方』にこの題名の由来が載っていますよと教えてくださいました。それで、さっそく図書館から借りて読んでみたら、なるほど、小説の題名がビル・エヴァンスの演奏する『いつか王子様が』の語呂合わせだったことを知ったのでした。

『回送電車』はこれまでに三冊が出版され、図書館には全冊が揃っているのですが、何となくむずかしい文章だなあという印象を受けていたので、ずっと後回しになっていたのです。むずかしいと感じていたのは、初めに置かれたエッセイ冒頭の長い文章にその理由があったのですが、ここを辛抱するとあとはいつもの語り口で、静かで落ち着いた堀江さんの世界が読者を迎えてくれます。

このエッセイ集では、堀江さんの小説でもときどき現れるフランスの風景やそこでの暮らしぶりが留学時代の思い出として生き生きと綴られ、読者はその場に居合わせたような気持ちになります。

また、彼の小説に共通している、特別にこれといった出来事が起きるのでもなく、淡々としていて、明確な起承転結を構成しないで、消え入るように終わるといった作風が『存在の明るみに向かって』の中で次のように明かされています。

面白いけれど結論がない。それなりに読めるけれど、たいした筋もない。これは他人ごとではなかった。当時、私は二冊の散文集を上梓していたのだが、得られた評の大半は、ほぼこのとおりだったからである。それが不当だと感じたのでも、失望したのでもない。まさしくそのような感覚をもたらす散文をこそ書きたいと望んでいる者にはあまりにも当然の感想で、なぜそれほどわかりきったことに言及しなければならないのか、理解に苦しんだというだけの話だ。

堀江さんの小説を読むことは、物語の中に身を置いて、そこに流れる空気を呼吸することであって、何らかの解決を期待するものではなく、筋や結論がないことをことさらに指摘すべきものでないことは、読者の誰もが感じていることです。

そのほかに、『トロンボーン』で、ベニー・グリーンのトロンボーンを繰り返し聴いていることとか、『「押し」のある活字』の中の活版印刷に対する思い入れとか、『好みの音』で、音源を CD から LP に戻し、檜の格子が嵌められた山水のスピーカーを古道具屋で買い求めたこととか、また、先の『回送電車』に収められた『アクセラレータ』で、モノクロ 9 インチ一体型のマッキントッシュを使いつづけていることとか、取り上げたらもう止まらないけれど、どうしてこんなにも嗜好が似かよっているのかと思うことがいっぱいあって、うれしくなります。

このエッセイ集を読んでいると、失礼を承知で、作者とお話ししてみたいなあと妄想が広がるのでした。

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古楽が流れる喫茶店

Photo 先日、新聞を読んでいたら、地方版に『心安らぐ古楽の香り』と題する記事が載っていて、こちらの地元、秋田県大館市内の喫茶店が紹介されていました。

これは、古楽 & ギャラリー『珈琲 ダウらんど』という名前の喫茶店で、開店してから今秋で十年目になるそうです。店名は、店主が敬愛する英国ルネサンス期の作曲家、ジョン・ダウランドから付けたとのこと。

店主ご自身がリコーダーを演奏する音楽家でもあり、店内でも不定期に演奏会が催され、この 16 日にもヴォーカルの宇田川貞夫さんとリュートの高本一郎さんが演奏し、その模様が写真で紹介されています。

地元にこんな喫茶店があったなんて知らなかったなあ。古楽が聴けるところはそんなにはないし、いちど行ってみたい。

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J・G・バラードの追悼文

5 月 21 日(木)付けの朝日新聞に映画評論家・翻訳家の柳下毅一郎氏の『汚染される人間の生を予言 英 SF 作家 J・G・バラードを悼む』と題する追悼文が載っていました。バラードは去る 4 月 19 日に 78 歳で亡くなったとのことです。気が付かなかったなあ。

この中で柳下氏はバラード後期の『残虐行為展覧会』と『クラッシュ』を取り上げ、「バラードはメディアとテクノロジーに汚染されたあらたな人間の生を描きだした」と評し、「それこそが二十世紀最大の作家が残したものなのだ」と結んでいます。

僕はバラードが 1950 年代末から 60 年代始めにかけて残したイメージあふれる数々の長短篇を愛読しているのですが、このあとに作風を一変させた一連の作品にはもう付いて行けなくなり、『残虐行為展覧会』なども途中で投げ出してしまったのです。

しかし、SF は外宇宙ではなく人間精神である内宇宙こそを探求すべきであるとする「新しい波」運動の旗手であったころの作品群のみをとってみても、やはりバラードは偉大だった。

だから、柳下氏の「カウンター・カルチャー側からの主流文学への反抗者として、バラードは鋭い刃をふるった。バラードはまちがいなくそのすべてだった」という評も、決して後期の作品のみを対象としたものではないと思うのです。

それにしても、愛読する作家が亡くなるのは悲しいものですね。

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カルロス・リラの自作曲集

Thesoundofipanema カルロス・リラがセルジオ・メンデスやポール・ウィンターらと共演したこのレコードを僕は学生のころに買って聴いていました。あれからもう 40 年近くが経ってしまったけれど、いまだに飽きないでときどき棚から引っ張り出して聴いています。

リラはボサ・ノヴァの誕生に深く関わった作曲家、ギタリスト、歌手で、彼の曲のいくつかはジョアン・ジルベルトによって歌い広められ、また、彼の音楽はナラ・レオンにも大きな影響を与えています。

ただ、このボサ・ノヴァ黎明期に、当時のミュージシャンたちは、レコード会社との契約をめぐるトラブルなどから二手に分裂したりするなど、やっかいな問題を抱えていました。リラはジルベルトらのボサ・ノヴァに対し、自らの音楽をサンバランソと呼び、活動を続けていくことになります。

このあたりの事情はルイ・カストロ著、国安真奈訳『ボサノヴァの歴史 』(音楽之友社)に詳しいのですが、リラの音楽はジルベルト同様にボサ・ノヴァそのものなんですね。

と、とりあえず、ここまでボサ・ノヴァという言葉を使っているのですが、ジルベルトにしても「ボサ・ノヴァってなんのことだい。僕が歌っているのはサンバだよ」なんて言っていますから、音楽スタイルとしてのボサ・ノヴァは依然としてその定義がはっきりしないのです。

ということで、何をもってボサ・ノヴァとするかといった問題はひとまず棚上げにしておいて、僕らはリラが残したこのアルバムを楽しみたいと思うのです。

彼の歌は上質なシャンソンを聴いているようです。ウィンターはアメリカのジャズ・ミュージシャンですが、現地のリズム・セクションに対して全く違和感を感じさせない共演ぶりが見事。『ゲッツ / ジルベルト』で、スタン・ゲッツのノリにともすれば木に竹を接いだ感じがあるのとは大きな違いです。慎ましいメンデスのピアノも大きな魅力。シングル・トーンでありながら、とてもリズミックなものを感じます。

Paul Winter with Carlos Lyra : The Sound of Ipanema (CBS)

Vece É Eu
Se E Tarde Me Perdoa
Maria Ninguém
De Quem Ama
Quem Quizer Encountrar O Amor
Aruanda
Coisa Mais Linda
O Morro
Mas Tambem Quem Mandou
Tem Do De Mim
Lôbo Bôbo

Paul Winter (alto sax)
Sergio Mendes (piano)
Carlos Lyra (guitar, vocal)
Sebastião Neto (bass)
Milton Banana (drums)
1964, Rio de Janeiro

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ブラームス : 弦楽五重奏曲集

Stringquintets ブラームスの室内楽は彼の生涯の後半になってから書かれたものが多いのですが、この弦楽五重奏曲もまた、第一番が 1882 年、第二番が 1890 年に作曲されています。

そして、ブラームスの作品というと、重厚、渋いといったイメージが作曲家の名前と分ちがたく結びついていますが、この二曲の五重奏曲はわりと明るい曲調をもっています。穏やかに歌いはじめる主題や自由な構成が曲にこのような性格を与えているものと思います。

僕が聴いているのは、アマデウス弦楽四重奏団とヴィオラのセシル・アロノヴィッツの共演盤です。スッキリした演奏が好きです。

Johannes Brahms : String Quintets (Deutsche Grammophon)

String Quintet in F major, op.88
String Quintet in G major, op.111

Amadeus Quartet
 Norbert Brainin, Violin
 Siegmund Nissel, Violin
 Peter Schidlof, Viola
 Martin Lovett, Violoncello
Cecil Aronowitz, Viola
Mar.17-19, 1968, Berlin, Ufa-Studio

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国宝阿修羅展のお土産

Ashura 東京国立博物館で開かれている『国宝阿修羅展』ですが、大型連休中に出かけた方から、この阿修羅像の栞三点をお土産にいただきました。やはり、大変な混み具合だったようです。

何年か前に仙台で興福寺の宝物展があって、これが大変に良かったのですが、このとき阿修羅像は展示されませんでした。

ついこの間もテレビで放映されていたのですが、阿修羅像を運搬するのは大変な作業なんですね。だから、この先、もう観る機会はないと思いますが、だからといって、入場券を買うまで 30 分もかかるような混み具合では、ちょっと行けないですねえ。

ということで、僕は阿修羅像は写真集で我慢することにして、気に入った本にはこの栞を挟んで読むことにします。

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連休中の毎日

ずっと良いお天気が続いていますね。

僕の連休はカレンダーどおり連続五日なのですが、どこといって出かける予定もないし、暖かくなって体の調子が良いので、毎日散歩しています。夕方近くに一時間ぐらいの散歩ですが、けっこう汗ばみます。もうこんな季節になったんだなあ。

こちらでは、この季節はなんといっても山菜です。僕は山菜は何にも知らないので採れませんが、近所に山菜採りの名人がいて、今年もタラノメ、アイコ、ホンナ、シドケ、コシアブラ、コゴミなどをいっぱいいただきました。

タラノメ、コシアブラは天ぷら、コゴミはごま和え、アイコ、ホンナ、シドケはおひたしですが、アイコは味噌漬けもいいですね。毎日、晩御飯が楽しいです。

ここ数日の自由な時間を利用して、我が家の遊休パソコン一台に Linux ディストリビューションの Ubuntu をインストールしてみようかと思い立ち、悪戦苦闘していました。無線 LAN の設定でつまずいて頓挫しています。

無線 LAN が使えないと実用的とはいえないので、しばらくはこの解決法を探る予定です。

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Mac OS のエミュレータ

Sheepshaver 先日、書店で『Windows で楽しむ Macintosh 大図鑑』(インフォレスト、2008)という本を見つけ、面白そうなので買ってきました。これは、MS-Windows 上で Mac OS をエミュレートする方法をいくつかまとめた特集になっています。本をながめていると Macintosh の古い機種や OS の記事や写真がいっぱい載っていて、懐かしい気持ちになります。

僕は十数年来の Macintosh ユーザで、機種は SE/30、PowerBook 180、Power Macintosh 9500 など、OS は、漢字 Talk 6、漢字 Talk 7、Mac OS 9 などを使ってきましたが、これらはすべて手放してしまい、現在は iBook G4 で、OS は Mac OS X 10.3 になっています。

ウチにはまた、前に MS-Windows XP を入れていたけれど、今は使われていない PC/AT 互換機が一台あって、これで Mac OS をエミュレートしてみようかなと思いました。でも、その前に、今使っている iBook G4(Mac OS X 10.3)で Mac OS 9 を試してみることにしました。現在の Mac で古い Mac を使う意味はほとんどないのですが、インストールが簡単だし、またエミュレータの限界を知ることもできるからです。

こうしてエミュレートして、スクリーン・ショットで得られたのが上の画像です。Power Macintosh 9500 を使っていたころのことが思い出されて、懐かしいですね。

ただ、OS 9 側からはインターネットに接続ができないし、OS X とのファイル交換も大変に面倒なようです。これがエミュレータの限界であって、互換機で試す必要は感じないけれど、懐かしい気分に浸れたのが良かったかなと思いました。

ちなみに、背景が暗いのは、iBook の壁紙に、昔撮った、秋の夜空に浮かぶ天の川にカシオペア座とペルセウス座の二重星団を収めた写真を使っているからです。

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