『考える人』秋号
『考える人』秋号の特集が「堀江敏幸と歩くパリとその周辺」ということなので、さっそく買ってきて読んでいます。
堀江敏幸が、パリ郊外に住んで執筆を続けているジャン=ルー・トラッサールとミシェル・トゥルニエという二人の作家を訪ねる紀行文、ないしはエッセイのようなものになっています。どちらも知らない作家だし、トラッサールにいたってはまだ一冊も紹介されていないということなので、どんな作風なのかは知るよしもないのですが、記事の中の写真や堀江敏幸の文章からは二人を敬愛している様子がじんわりと伝わってきます。
二人とも高齢な作家で、トラッサールは万年筆で執筆し、タイプライターで浄書、トゥルニエもやはり万年筆で執筆し、パソコンで浄書するとのこと。どちらも浄書したものを出版社に渡すのですが、いいですね、こういうのは。
そのほか、堀江敏幸が革張り工房を訪ねた記事やパリの書店めぐりも載っていて、楽しいです。書店めぐりの中で、フランス綴じのアンカット版について「アンカット版はページを切らなければ本の役割を果たさないけれど、なんでもかんでも切ればよいというわけでもない。どうしても、という段になったときだけ覚悟を決めて読む本があってもいいのだ」と記していて、彼の本好きぶりが披露されています。
それから、この特集とは別に、第七回小林秀雄賞の選評が載っていて、選考委員の一人である堀江敏幸は、その前半にこんなことを書いているのにハッとしました。
書き手の側からすれば、ながい時間をかけて出来上がった文体が、やがてその文体の範囲内でしか表現できない軛となるという展開は自明であって、物書きはみな、そうとわかっていながら、壊すために一旦、その軛を作る。(中略)だから、自覚的な変化を自らに課す場合、外からわからない程度の微量の薬物を混入させて、徐々に内側から変容させていく方策を選ぶ。
なるほど、作家の変化とはこういうものだったのか。
僕は、村上春樹も川上弘美も最初期の作品群が好きだったのですが、作風が変化してからはほとんど読まなくなっています。堀江敏幸にしても『河岸忘日抄』では主人公を「彼」という三人称にするなど、それまでの作品からはちょっとした変化がみられましたが、この先にまた大きな変化が訪れるのかもしれません。
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