2018年2月11日 (日)

T. E. カーハート『パリ左岸のピアノ工房』

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三年前からパリの左岸に住んでいた著者は、ある日、近所の通りにピアノの修理屋らしき店を発見する。ショー・ウィンドウにピアノの部品や調律の道具がいくつか無造作に置いてあるだけの店。やがて彼は思いきってその店のドアをあけてみる。

こんなふうにして始まる、パリの裏町のピアノ工房の物語。しかし、これは物語ではあるが、小説ではない。登場人物はすべて実在するというから、ノンフィクションと呼ぶのが適切なようだ。

著者について詳しくはわからない。カーハートはアメリカ人で、少年時代をフランスで過ごしたあと、アメリカにもどった。若いころは東京にも住んだことがあり、本書刊行当時はフリーランスのライター兼ジャーナリストとしてパリに住んでいたとのこと。

無名の作家が世に送り出したこの物語は、何よりも一文一文に著者の誠実さが表われ、音楽やピアノに注ぐ愛情が感じられる。また、工房の経営者、ピアノ教師、調律師などが生き生きと描かれている。

著者は巻末の「謝辞」で、本書の登場人物がすべて実在の人物であるとことわったうえで、こう述べている。

どうかリュックやマティルドやほかの人たちを探そうとしないでいただきたい。彼らは発見されるのを待っているわけではないのだから。彼らに共通するのは〈慎み〉(ピュドゥール)を尊重するというきわめてフランス的な態度である。これを〈プライバシー〉と訳すのは適当ではないだろう。というのも、そこには謙虚さや最低限の礼儀という重要な要素が含まれているからである。

この文からも、本書がテレビのドキュメンタリー番組を制作するような態度で書かれたものではないことがわかる。

T. E. カーハート、村松潔訳『パリ左岸のピアノ工房』(新潮クレスト・ブックス、2001)

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